人生を豊かにするブログ

『令和』という狂った時代をあなたはどう生き抜きますか?もし、あなたが無事に生きたいと言うのなら『真実を知る』ことが大事になります!逆に『知らない』ということは、騙され続けることなのです。このブログを読んで、新しい知識を身につけることであなたの人生は豊かになります!!

【file12】(part4)イエス=キリストを知りたいあなたへ

 

 さて、前回は神の奇跡を起こし続けたイエスでしたが、その奇跡を疑い、目障りと感じる勢力が現れます。そしてイエスを迫害しようとする動きが日に日に強まっていきます。

 

 イエスはそれらを全て受け入れようとします。その受難をこれから書いていきます。

 

 

 ①.神の子を認めるペトロ

 

 人々を癒し、罪の許しを説いて人々から慕われたイエスでしたが、その先鋭的な考えや奇跡は従来のユダヤ教を厳格に守ろうとする律法学者たちにとって目障りでしかありませんでした。

 

旅を続けるイエスと弟子たちは、ヨルダン川の水源近くにある町に向かっていました。

 

その途中でイエスは弟子たちに尋ねます。

 

『人々は私のことを何者だと言っているか?』

 

弟子であるペトロが最初に口を開き

 

『あなたはメシア、生ける神の子です!』

 

と告げました。

 

エスはペトロを褒めていいます。

 

『私はこの岩の上に私の教会を建てる。そして私はあなたに天の国の鍵を授けます。』

 

実はこのイエスの言葉は、カトリックプロテスタントでは解釈の仕方が全く違っています。

 

カトリックの解釈では、イエス十二使徒の中でもペトロを選び、特別な権能を与えたと解釈しています。分かりやすくいえばペトロが教会の初代教皇に任命されたということを示しています。

 

一方でプロテスタントの解釈では、イエスは決してペトロを教皇に任じたり特別な権能を与えたのではなく、ペトロが行った信仰告白の上に教会を建てるということを示しています。つまりペトロのように「イエスはメシアである」と告白する人々の上に教会を建て、天国の鍵を授けるといわれたという解釈になります。

 

しかしイエスは弟子たちに、自分がメシアであることを口外しないように命じた上で、自分の行く手に待っている苦難の道について語り始めます。

 

自分がエルサレムに行き、そこで迫害され、十字架にかけられることを。。。

そして三日後に復活することも。。。

 

弟子たちは耳を疑います。ペトロは驚愕のあまり

 

『先生がそんな目に遭うなんて有り得ないことです!!』

 

と叫びます。

 

ところがイエスは先ほどペトロを褒めた時とは打って変わって、厳しい言葉を浴びせます!

 

『サタン!!引き下がれ!!あなたは私の邪魔をする者!!そしてあなたは神のことを思わないで人のことを思っている!』

 

 

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これはペトロがイエスの教えを理解していなかったためとされています。

 

ペトロや多くの民衆が考えているメシアとは

 

ローマ帝国からの抑圧から解放するために神から遣わされた王』

 

という認識でいました。

 

しかしイエスにとってのメシアは

 

ユダヤの地に栄華をもたらすものではなく、全人類の罪を赦し救う存在』

 

という意味合いでした。

 

つまりペトロの発した言葉は 人間的な思いでイエスが迫害され十字架にかけられることを否定しただけでなく、全人類の罪を赦し救うというイエスの目的を変えようしたため、叱りを受けることになったのです。

 

 

 

 

②.イエスの変容

 

 自分の死と復活を予告したイエスは6日後、弟子のペトロ、ヨハネヤコブを連れて高い山へと登ります。この山の頂上に着いた時、イエスの姿が変わります。顔が太陽のように輝き、衣服は光のように白くなって行きました。

 

そこにふと、2人の人物が現れイエスと語り出しました。

 

その人物は『旧約聖書』に登場するモーセとエリヤでした!

 

 

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モーセとは、イスラエルの民を率いてエジプトを脱し、神より十の戒めを授かったことで知られている人物です。

 

エリヤとは、預言者ユダヤ教を守るために異教の祭司などと戦い、最後は火の戦車に乗せられて天へ召されたという人物です。

 

いずれも神に選ばれ、直接語り合うことを赦された人物です。

 

エスモーセ、エリヤの三者はイエスの最期のとき、すなわち受難について語り合っていたのでした。

 

エスが神の子であるというもはや揺るぎない真実を目の当たりにしたペトロは思わず叫びます!

 

『3人のために小屋を建てます!』

 

ところが白い雲が現れて弟子たちを覆います。そしてその雲の中から

 

『これは私の愛する子。これに聞け。』

 

という声が聞こえました。

 

そしてペトロが気づいた時にはイエスがいるのみだったのでした。

 

エスは、まだ呆然としている弟子たちに

 

自分が死者の中から復活するまで、今見たことを誰にも話してはならない』

 

と命じます。

 

弟子たちは命じられた約束を守ると約束しましたが、イエスの言葉の意味について論じ合っていたのでした。

 

 

 

③.エルサレム入場

 

 イエスの名は今やユダヤ中に広まり、彼こそユダヤを救うメシアであると人々は噂するようになっていました。そのイエス一行がエルサレムに向かっているという噂は、ユダヤ全土に広まっていました。人々は彼を一目見ようとエルサレムへ続々と集まっていました。

 

 

過越祭を控えてにぎわうエルサレムに入ったイエスは、神殿に横行している商人たちを目にして憤りを感じます。

 

本来、神殿では生贄を捧げて礼拝をしなければなりませんでしたが、遠方からの参拝客は生贄を持ってくることは非常に困難でした。そこで神殿には、牛、羊、鳩などの生贄を売る店が軒を連ねていました。

 

またローマ皇帝の顔が描かれた硬貨を、ユダヤの硬貨と交換する両替商も設けられていました。

 

そう、神聖であるはずのエルサレム神殿では、礼拝が形骸化され、金儲けの場所と成り下がってしまったのです!

 

「神の家」であるエルサレム神殿が穢されたと感じたイエスの怒りは凄まじいものでした。

 

なんと、生贄を売る商人たちを追い出して、両替人たちの金を蹴散らし、台をひっくり返してしまったのです!!

 

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そして商人たちに

 

『私の家(神殿)は祈りの家と呼ばれるべきである!ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった!!』

 

と厳しく叱責したのでした。

 

人々は病気の鳩を売り付けたり、貨幣交換で暴利をむさぼっている商人たちを快く思っていませんでしたので、イエスの行いに拍手喝采したのでした。

 

 

 

 

④.ナルドの香油

 

 過越祭が近づくにつれて、イエスの周囲は慌ただしさを増して行きました。

 

祭司長や律法学者は祭が終わり次第、イエスを捕える計画を練っていましたし、イエスの弟子の中に師を裏切ろうとする者がいたからです。

 

エスはある家に滞在していた時のことです。ひとりの女性が唐突に壺を叩き割り、ナルドの香油をイエスの頭に注ぎかけました。

 

当時、油は宗教儀式には欠かせないものでした。食料や灯り、薬にもなる油には特別な力が宿っていると考えられ、命、清浄のシンボルとしても捉えられていたのです。

 

そのため、油注ぎは神から特別な力を与えられているとうけ止められており、特別な客人をもてなすには最高の敬意でもあったのでした。

 

その香油が非常に高価なものであると知っていた弟子たちは、香油を無駄遣いしていると憤慨します。

 

十二使徒のひとりであるユダは、

 

『香油を売れば、貧しい人々に施すことが出来ただろうに。。。』

 

とまでいいます。

 

しかし実際は、彼は貧しい人々のことなど考えていませんでした。彼は、盗人だったので金銭のことしか頭になかったのです。

 

このユダはイエスの思想と大きくかけ離れており、実はユダの発言は裏切りを感じさせるものだといわれています。

 

ところがイエス

 

『彼女は出来る限りのことをしてくれた。私の体に香油を注ぎ、葬りの日のために準備をしてくれたのだ』

 

と女性を褒め称えます。

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これは、香油を塗ることで魂の清らかさが保たれるという考えがあった当時、女性の行いは静かにイエスの死を受け入れ、その時のために備えていたといえるでしょう。

 

その一方で、弟子たちはまだ、イエスの運命を受け入れられずに悩んでいたのでした。

 

 

次作が最終回です!!いよいよクライマックスです!!

 

 

【file11】(Part3)イエス=キリストを知りたいあなたへ

 

 さて、これからイエスは本格的な宣教活動に入っていきます!神の奇跡の連続です!物理法則も無視しています!笑

 

 

①最初の弟子

 

 サタンを退けたイエスは、ガリラヤ湖畔にある『カファルナウム』という場所をを拠点に、宣教活動をはじめます。


ある日のこと、イエスガリラヤ湖畔で漁師たちに出会います。


その漁師とは、『ペテロ・アンデレ兄弟』と、『ヤコブヨハネ兄弟』です。


彼らは魚がほとんど取れず、意気消沈して漁から戻ってきたところでした。


エスは彼らに話しかけ、もう一度漁に出て網を投げるよういいました。無駄だと思いながらも、兄弟たちはいわれた通りにしました。


すると、驚いたことにたくさんの魚が網にかかったのです!

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そしてイエスは彼らにいいます。


『私についてきなさい。私があなた方を人をとる漁師にしてあげます。』と。


これを聞いたペテロ、アンデレ、ヤコブヨハネの4人はひれ伏して、イエスの弟子になったのでした。彼らが最初の弟子となります。


なぜ、イエスが漁師たちを選び、中核の弟子にしたのかについては、


『より救いを求める地位の低い者を選んだため』


と言われています。


それからイエスはひとり、またひとりと弟子にして行きます。

 

 

 

②嫌われ者のマタイ


 イエスが収税所の前を通りかかったとき、マタイという男と出会います。
 

そのマタイは徴税人として生計を立てていました。


エスの時代、徴税人は欲深い者がなる仕事とみなされ、人々から嫌われていました。


それもそのはずです。


実は、税金の取り分は、一定の額さえ納めれば、あとは自分のものになるシステムでした。


そのため、人々を脅迫して、余計に納めさせるガラの悪い徴税人がほとんどでした。


また、取り立てた税金はユダヤの敵であるローマ帝国に納められるので、徴税人は裏切り者とされていました。


そんなマタイを、イエスは自分の弟子になるように声をかけます。

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自分をひとりの人間として見てくれたことがよほど嬉しかったのか、マタイはイエスのために宴会を催します。


宴会にはイエスと弟子たちを招待し、徴税人の仲間や娼婦も多数招待しました。


これを見たユダヤ教の指導者は


『なぜ、あなたたちは徴税人や罪人と一緒に食事をするのか?』


とイエスに質問します。


これに対してイエス


『医者が必要なのは、健康な人ではなく病人で ある!


私が自分を正しいと思っている人たちのためではなく、罪人を悔い改めさせ、神に立ち返させることである!』


と返答します。
 

こうして、マタイは弟子の1人となりました。


エスは職業や身分に関係なく弟子たちを増やしていったのです。


そして集められた12人の弟子は、使徒と呼ばれ、イエスに従うようになります。のちに彼らはイエスの死後、布教活動を熱心に行うようになります。

 


③カナの婚礼(奇跡その1)


 ある日のこと、イエスは母マリアや弟子たちと共に、カナという町で開かれた婚礼に参列します。 


しかしここで、アクシデントが起こります。

 

用意していたぶどう酒が、食事が終わる前に飲み尽くされてしまったのです。残った飲み物といえば水だけです。

 

マリアはそのことをイエスに知らせます。

 

エスは手伝いの者たちに、6つの大きな水瓶を
水で満たして宴会の世話役のもとに運ぶよう指示します。

 

すると、驚いたことに、水瓶が運ばれてきたときには、中身が水からぶどう酒へと変貌していました!

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それを味見した世話役は


『よくこんな上質なぶどう酒を、宴会の途中までとっておいたものだ‼︎』


と、驚きの声をあげます。


つまり、イエスは、水を上質なぶどう酒へと変えてしまったのです!


このカナの婚礼の奇跡は、時にキリスト教のあり方を示したものと言われています。

 

水がぶどう酒に成り代わっていったのは、イエスが形骸化したユダヤ教(水)を、生き生きとした神の国(ぶどう酒)に変えるという暗示であるとされています。

 

つまり、イエスが貧しさを豊かさへ変える救いであることを示したものといえます。

 

 

④自然を操る(奇跡その2)


エスが弟子たちと舟に乗ってガリラヤ湖を渡っていた時のことです。


舟が暴風に襲われて、波間に飲み込まれそうになりました。

 

弟子たちは慌てふためくばかり。。。しかし、イエスを見れば嵐を気にすることもなく、悠然と静かに熟睡していました。


弟子たちはイエスを起こし、懇願します。


『主よ!助けてください‼︎溺れそうです‼︎』

 

エスは起きあがって嵐を叱ると、それまでの嵐が嘘のように収まって、穏やかな風が吹くだけとなりました。

 

弟子たちが目を疑うほど驚いたのはいうまでもありません。


その後、イエスは彼らのあたふたした対応に

 

何を畏れていたのだ!信仰の薄い者たちよ‼︎』


と、叱責します。

 

間近でイエスの教えを学んでいるにも関わらず、弟子たちが成長していないことに対する、歯がゆい思いがイエスの叱責に表れています。

 

 


⑤パンの奇跡(奇跡その3)


 数々の軌跡や斬新な教えでイエスは名声が高まりました。そのため、彼のいるところには常に人が集まるようになりました。


ある町でイエスは病人を癒していましたが、ふと気づけば夕暮れ時になっていました。


そこでもたちまち群衆が詰めかけ、あふれんばかりになります。


エスは集まった人々に夕食のパンを配りたいと思います。


しかし今、手元にあるのはパン5つと魚2匹しかありませんでした。


そこでイエスは5つのパンと2匹の魚を手にして、天を仰いで祈りを唱えます。


そして、パンを割いて弟子たちに渡します。


すると、パンを配り始めた弟子たちは驚きます‼︎


なんと!配っても配ってもパンが尽きることがないのです‼︎

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群集は男性だけで5,000人いたというので、ひとりから10人、10人から50人とパンが行き渡る様子は、命の分かち合いを象徴するかのようでした。


エスが惜しみなく注ぐ深い愛情が、5つのパンで群集の空腹を満たすという奇跡を起こしたのです!

 

 

 

⑥癒しの奇跡(奇跡その4)

 

 ある日、担架に寝かされた中風患者がイエスのところに運ばれてきます。


中風とは今でいう脳卒中の後遺症のようなものです。主に半身不随、片麻痺言語障害、手足の痺れや麻痺などを指します。


エスはその患者に


『子よ!元気を出しなさい!あなたの罪は赦されます!』


唱えます。


ところが、その場に居合わせた律法学者は激怒します!


『イエスは神を冒涜している!罪を赦すことが出来るのは神だけである‼︎軽々しく罪を赦すなどもってのほかだ!』と。

 

これに対してイエス


『人の子である私が、地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう!』


と宣言します。続けて患者に向かって伝えます。

 

『起きなさい!そして歩いて家に帰りなさい!』


すると、今まで立つことすら出来なかった患者は立ち上がり、歩いて帰っていきました。

 

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これを見た人々は大いに驚き、


『こんなことは、今まで見たことがない‼︎』
 

といってイエスを賛美しました。

 


エスが病人を癒すという奇跡の力を授けられたことは、神が持つ力を得たことになります。

 

つまり、イエスは神と同質といえる存在であり、だからこそ罪を赦すことが出来るということを示しています。

  

 

 

 また、別の時には2人の盲人が自分たちの苦しみを取り除いて欲しいとイエスに頼みます。


エスは彼らに

 

『私に出来ることを信じるのか?』


と尋ねます。続けて2人の目に触れながら


『あなた方の信じている通りになるように』
 

といいます。


すると、2人は目が見えるようになりました。

  

 

 

⑦ラザロの復活(奇跡その5)  

 

 イエスの知人にラザロという知人がいました。イエスはラザロが重症と聞かされて駆けつけましたが、4日前に亡くなり、墓に埋葬されてしまいました。


彼は墓の前に行き、自分の願いを叶えて欲しいて神に祈りを捧げます。


その後、


『ラザロ、出てきなさい!』


と叫びます。

すると、ラザロは生き返り墓から出てきたのでした。

 

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この奇跡を目の当たりにした人々はイエスを信じるようになります。

  

 

一方で、イエスを敵視している人々に、更なる憎悪を与えてしまったのも事実です。

 

その憎悪が、現実のものとしてイエスの身に降りかかるとは、弟子たちはもちろん、多くの群集たちは知るよしもありませんでした。

 

 

 

しかし、イエスだけは理解していました。そしてこれから起こる受難と真正面から向き合うことになるのです!

 

 

自作に続きます!

【file10】(Part2)イエス=キリストを知りたいあなたへ

 

 前回はイエスの少年期までを書きました。

 

 今回はイエスが布教活動を始める前までを書きます!かっこいいシーンが満載で目が離せませんよ!笑

 


①洗礼を授ける者、ヨハネ

 

 ヨルダン川で多くの人々に洗礼を授けている男がいました。彼の名はヨハネといいました。

   

 

この当時洗礼とは

 

 

『外国人がユダヤ教に改宗するのに行う儀式』

 


という認識が一般的でした。

 

 

しかしヨハネは外国人ではなくユダヤ人達に向かって洗礼を授けていました。

 

 

『自分をユダヤ人だと思って安心するな!ユダヤ人だからといって無条件に救われるのではない‼︎悔い改めて心を新たにせよ!』

 

 

つまり、ユダヤ人こそ心を新たにして、洗礼を受けることが必要だと、ヨハネは訴えているのです。

 

 

ちなみに彼が行う洗礼は、水で体を洗い清めるものでした。外面を洗うことで内面のけがれを解放して、新たな信仰が始まることを表明するという意味合いを持っていました。

 

 

そんな彼の教えはユダヤ人の目に新鮮に映りました。

 

 

当時のユダヤ教は形式にとらわれて形骸化していました。

 

 

それに対し、ヨハネの教えは道理にかない、現実的で、心がけ次第ですぐに実践できるものばかりでした。

 

 

また、ヨハネ自身は花の蜜やイナゴといった質素な食べ物を食べ、洗礼の献金を受け取ろうとしませんでした。

 

 

そして彼の日頃の言動が、いつしか言葉に説得力を生み出し、大衆のみならず政治家や徴税人まで耳を傾けるようになりました。

 


やがて誰からともなく

 

 

ヨハネこそユダヤの民が長い間待ち望んで いたメシアではないのか?』

 


と、口にし始めます。

 

 

しかしヨハネ

 

 

『自分は先導者にすぎない。後から来る優れた方が精霊と火で洗礼を授ける』

 

 

と、自分がメシアであることを否定しました。

  

 


②イエスの洗礼


 20代後半になったイエスは、ヨハネの洗礼を受けようと、ナザレからヨルダン川へ向かいます。洗礼を受ける人の列に並んだイエスの姿を一目見てヨハネは驚きます。

 


続けて

 


『私こそ、あなたから洗礼を受けるべきです』
 

 

と謙虚な態度を示します。

 


そして、イエスに洗礼を授けることを辞退しようとまでしました。

 


これをイエス

 


『私があなたから洗礼を受けることは、神の御心にそう正しい道なのです。』

 


と、促しました。

 


こうしてイエスが洗礼を授けられ、水の中から上がって来た時、不思議な出来事が起こります。

 


エスに向かって天が裂け、その雲の合間から白い鳩のようにして現れた精霊がイエスの中にすっと入り込んだのです。

 


この時イエス

 


『私の愛する子、私の心にかなうもの』

 


という内なる神の声を聞いたそうです。

 


そして彼は精霊に導かれるように、ユダの荒野へと向かいます。

 


そう、試練に立ち向かうために!

 

 

③ユダの荒野

 


 洗礼を受けたイエスはユダの荒野へと赴き四十日間の断食に入ります。

 

 

乾ききって何も見えない砂漠で、神のみと向き合う日々を送ります。迫り来る飢餓の苦痛、恐怖や絶望、そして荒野の向こう側に見える恐ろしい幻想までも受け入れるようになります。

 


このようにしてイエスは、強靭な精神を研ぎ澄ませていったのです。

 

 

 

四十日目のことです。最後の試練がイエスに降りかかります。

 

 

闇の力を象徴するサタンが現れ、イエスから欲望を引き出し、神の力を砕こうとしたのです!

 


そこでサタンは衰えきったイエスに、三度誘惑します。

 

 

『この石をパンになるよう変えたらどうだ? お前は神の子ならば、石をパンに変えることなどたやすいだろう。
それで空腹を満たしたらどうだ?』

 

 

一つ目の誘惑です。

 

 

エスは言います!

 


『人は、パンだけで生きるものではない!
 神の口から出るひとつひとつの言葉で生きるのだ‼︎』

 

 

彼は人は物質的なものだけでは生きられない、神の言葉こそが大切なのだ、と誘惑を退けます。

 


しかし、サタンは粘ります。

 

 

次はイエスエルサレム神殿の上に連れて行きます。

 


『ここから飛び降りたらどうだ?
 神がお前を助けてくれるだろう。』

 


二つ目の誘惑です。

 


エスは言います!
 

 

『神である主を試してはならない‼︎』

 


神が奇跡を起こすかどうかを試そうとすること自体が間違いなのだ、と二つ目の誘惑も退けます。

 

 

それでもサタンは諦めませんでした。

 

 

エスを一番高いところに引き上げます。そして、安楽と幸福で彩られた地上の幻を見せて言います。

 

 

『地上の全てをお前に与えよう!
 ただし!
 ひれ伏して私を拝むならな!』

 


三度目の誘惑です。

 


エスは答えます!

 

 

『現世の支配は救いにならない‼︎
 退け、サタンよ!
 神である主を拝み、ただ主に仕えよ!』
 

 

こうして、イエスはサタンを撃退したのでした。

 


この三つの誘惑は人間なら誰でも遭遇する可能性のある大きなものです。

 

 

一つ目の誘惑は、生命と物質的な財産が絶対のものだと信じて、それらを手に入れようとするものです。

 

二つ目の誘惑は、安全が保障されていると思い込んで、危険なことを試みようとするものです。

 

三つ目の誘惑は、どんな大きな代償を払っても全てを征服する力を得ようとするものです。

 


エスはこれらを乗り切り、これから神の道へと進んでいきます。

 


また、次回に譲ります!お楽しみに!

【file9】(Part1)イエス=キリストを知りたいあなたへ

 

 

 もうすぐ1年が終わりますね!そしてこれから一大イベントであるクリスマスがやってきます!

 

 皆さんはクリスマスはどのように過ごす予定ですか?私は、ひたすら図書館にこもってお勉強です。笑
  

 

 そもそもクリスマスというのはイエス=キリストの生誕を祝う日でして、恋人とイチャイチャする日ではありません!笑笑

 


 というわけで、今回はクリスマス直前企画としましてイエスの生涯、そしてキリスト教についてまとめていきたいと思います。

 


 かなり長いので、今回はイエスの誕生から少年期までを書きます!

 

 

①イエス=キリストを知る前に

 

 まず、キリスト教創始者エスの生涯は『聖書』によって記されています。


 その聖書は『旧約聖書(きゅうやくせいしょ)』と『新約聖書(しんやくせいしょ)』の2種類が存在します。イエスの生涯は新約聖書に記されていますが、その前提として旧約聖書も重要になって来ます。

 


特徴を以下にまとめます。


⚪️旧約聖書ユダヤ教の教典。イスラエルの神話や歴史、詩歌、予言が書かれています。新約聖書のベースにもなっています。

 

⚫️新約聖書…イエスの生涯が記されています。主に以下の4つから構成されています。

 

福音書(ふくいんしょ)…イエスの生涯とその言葉を伝えるもの 

 

使徒言行録(しとげんこうろく)…使徒たちの宣教活動を記したもの

 

③書簡(しょかん)…使徒たちがやりとりをした手紙

 

ヨハネの黙示録(もくじろく)…予言書

 

 その中でも特に重要なのが、①の福音書になります。福音とは「良き知らせ」という意味です。

 

 この福音書は、マルコ、ルカ、マタイ、ヨハネの4人の人物がそれぞれ書いたものが収録されています。

 

 特徴として、マルコ、ルカ、マタイの福音書は共通部分が多いのですが、ヨハネ福音書は内容的にも思想的にも、前者と一線を画しています。

 

 前置きはこれくらいにしまして、これからイエスの生涯について書いていきます。

 

 

②マリアの妊娠

 

 イエスの母をマリアといい、父をヨセフといいました。2人は婚約したばかりでした。

 


 ある日のこと、マリアの前に天使ガブリエルが現れます。

 


 「おめでとう、恵まれた方!あなたは身籠って男の子を産みますが、その子を『イエス』と名づけなさい。その子は偉大な人となります!」

 

と告げられます。

 


 これを「受胎告知(じゅたいこくち)」といいます。そして、本当にマリアは妊娠してしまいます。


 

 マリアがいつの間にか妊娠したことを知ったヨセフは衝撃を受けました。ヨセフは、まだマリアと男女の関係を持っていなかったのです。

 

 

この時代、婚約も結婚と同じとみなされ、その間に別の男性と関係を持った場合は死刑となります。

 


 マリアを思うヨセフはひそかに婚約を解消しようとしました。

 


 しかし、事態は一変します。

 


 ヨセフの夢の中で天使が現れます。そしてお告げをされます。

 


「あなたの婚約者であるマリアが、精霊によって子を宿します。そして、その子は救い主となるでしょう。だから、救い主を意味する『イエス』と名付けなさい。」

 


 目が覚めたヨセフは、このお告げを信じ、マリアを正式に妻として迎えることにしました。
 

 


③イエスの誕生


 イエスが生まれたのは馬小屋でした。

 


 その当時のローマ皇帝は、全ての住人に住民登録をするように命じました。この手続きは自分の祖先の地でしなければなりませんでした。

 


 実は父ヨセフは、今でこそ貧しいですが先祖をたどればイスラエルの偉大なる王、ダビデの血を引く名家だったのです!

 


 そこでダビデの生地であるベツレヘムへ住民登録をするために旅路につきます。

 


 ところが、ベツレヘムの町の宿はどこも満杯でした。そんな中でマリアは産気づき、近くにあった宿屋の馬小屋で男の子を産み落とします。 

 


 これが神の子であるイエスの誕生でした。

 

 

 それから数週間後、父ヨセフと母マリアはイエスを連れてエルサレムの神殿に行きます。ここでも思いがけない出来事が待ち受けていました。

 


 その神殿に預言者がいました。幼子のイエスを一目見るなり、神の子の到来だと祝福したのです。

 


 「イエスこそ救いの神」と賛美した一方で、「この子はイスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせるため、反対を受ける」と、背負わされた重い宿命も予言しました。

 


 この頃からイエスは非凡な子として扱われていたのです。

 


④エジプトへ逃げる

 

 その当時、ユダヤを支配していたのはヘロデという王様でした。ヘロデ王ユダヤ人ではありません。ローマ帝国に取り入って権力を確立した人物です。

 


 ある日のこと、『東方の三博士』と呼ばれる3人の学者がお祝いのためにヘロデ王のもとを訪れます。

 


 『ユダヤ人の王が誕生する星を見たので祝福したい』と。

 


 ヘロデ王はそれを聞き、ひどく動揺します。ユダヤ人の王が誕生すれば、自分の地位が脅かされるからです。

 


 そして彼は、学者たちを言いくるめて、ユダヤ人の王となる幼子(イエス)を探し出すように依頼しました。

 

 

 その頃、父ヨセフのもとに天使からお告げがありました。

 

 

 『ヘロデ王がイエスを殺そうとしています。今すぐエジプトへ逃げて、私が良いというまでそこにいなさい。』

 

 

 ヨセフはその日のうちにマリアとイエスを連れてエジプトへ逃げました。

 

 

 しかし、学者たちは星に導かれるように、イエスのもとに辿り着いてしまいます。

 

 

 ところが、彼らはイエスを殺すどころか、高価な贈り物を捧げてイエスの誕生を祝福します。

 

 

 実は学者たちの元にも天使のお告げがあったのです。

 


ヘロデ王の元に帰るな』と。
 

 

 つまりイエスを殺したり、誘拐をするなということです。

 

 

 信仰深い学者たちは、そのお告げを信じて別の道を通って、自国へと帰ってしまいました。

 


 はたして、学者たちに騙されたと知ったヘロデ王は、怒り心頭です。ベツレヘムにいる2歳以下の男の子を1人残らず殺せと命じました。

 


 もちろん、イエスは父母とともにエジプトへ逃れていたので命拾いしました。

 

 

 やがてエジプトにいたヨセフは天使から『ヘロデ王が死んだ』とお告げを受けます。そしてイスラエルに戻り、ナザレという場所に住み着きます。

 

⑤イエスの少年期

 

 イエスが教育を受ける年齢に達すると、ヨセフは彼を教師の手に委ねます。 

 

 

 しかし、イエスは相手を次々と論破し、教師たちは彼の活発な知性に太刀打ち出来ませんでした。

 

 

 イエスが12歳の時の話です。 

 

 

 ヨセフとマリア、そしてイエスは過越祭

(すぎこしのまつり)を祝うためにエルサレムを訪れました。

 

 

 過越祭(すぎこしのまつり)とは、その昔エジプトで奴隷状態にあったユダヤの民をモーセという指導者が、神の救いの業によってエジプトから救い出したことを祝う祭です。 

 

 

 祭りが終わると、ヨセフとマリアは故郷のナザレに戻りました。2人はイエスも他の人々と一緒にあとからついて来ていると思っていましたが、一行の中にはいませんでした。

 

 

 3日間探しても見つからなかったのでエルサレムに引き返しました。

 

 

 母マリアがイエスの姿を見つけると、彼はエルサレム神殿の前で学者たちを相手に堂々と議論を戦わせていたのです。

 

 

 イエスの並外れた理解力と分別と知性を持っていることは、学者たちを驚嘆させました。

 

 

 彼の言葉は相手の注意を引くだけでなく、真実を見分ける能力や知恵をうかがえたのです。

 

 

 学者たちはイエスの非凡さを褒め称えます。

 

 

 それをよそに母マリアはイエスに「心配していたのよ‼︎」と叱責します。

 

 

 イエスは答えます。「どうして探さないといけなかったの?僕が『父の家』にいることを知らなかったの?」と。

 

 

 マリアは全く意味が分からないまま、ナザレへイエスを連れて帰りました。

 

 

 イエスがいう『父の家』とはエルサレム神殿を指していました。イエスは12歳にして、神の子としての鱗片をのぞかせていたのです。

 

 


 イエスは、好むと好まざると関わらず、激動の人生に身を置くことになりました。 

 

 

 彼の人生はこれからますます困難と希望と奇跡に満ちたものになっていきます。

 


それは次作に譲ります!お楽しみに!

【file8】『覗かれている社会』で生きるあなたへ


 12月になり、一層寒くなりました。そんな季節だからこそ、温かいものがより美味しく感じます。その影響なのか、私は最近ハマっていることがあります!それが『ラーメン巡り』です!


ふらっと入ったお店で食べたラーメンが美味しくて、それ以降、夕食はほとんどラーメンになっています。笑

 


明日は、卓球の福原愛選手がよく通うラーメン屋に行ってみようと思います!『パーコー麺』というラーメンが有名なお店です。

 


興味のある方には情報を送ります!
仙台に来た際は是非立ち寄ってみて下さい!

 

 

 さてさて、私がこのラーメン屋を調べるのに使っているのが『食べログ』です。

皆さんも、一度は使われたことがあると思います。

 

ではもし『食べログの検索履歴が誰かに見られていたら』どうでしょうか?

 

食べログだけでなく、通販履歴、メールの中身、通話の内容が誰かに筒抜けになっていたら。。。

 

 

今回は情報取り扱いの闇について書いていきます。

 

 

エドワード・スノーデンの暴露〜

 


 2013年6月、英紙『ガーディアン』が報じたスクープが世界に衝撃を与えました。そこには以下のような内容が記載されていました。


アメリカの米国安全保障局(NSA)は、世界中で電話を盗聴し、メールやSNSなどの通信データを蓄えています。


アメリカの同盟国である日本やフランス、ドイツなどの政府機関や企業に対しても盗聴を行い、諜報活動をしています。


③日本では財務省経産省日本銀行、大手企業等の幹部の電話が盗聴されていました。

 


 それを告発をしたのが、エドワード・スノーデン(33)という人物です。彼は米国家安全保障局NSA)の職員で、諜報活動を仕事にしていました。しかし、いつしか彼は自分の仕事に疑問を持ち、社会の為に真実を暴露しました。

 

 

 この米国安全保障局(NSA)の諜報活動に対して、フランスのオランド大統領は「同盟国に対するこのような行為は容認できない」と怒りを露わにしました。
ドイツ政府報道官は「全く容認できない」とする苦言を呈しました。
 

 


 しかし、当時の大統領であったオバマ大統領は、「諜報機関を持つ国ならどの国でもやっていることだ!」と開き直ります。

 

 

 世界各国がアメリカのこの発言に激怒している中、日本はこの話題を取り上げることがありませんでした。

 

 
まるで、

『国民に知られてはいけないことを隠すかように。。。』

 

 

 

 スノーデンは日本に対し、以下のような警告をしています。それは我々が考えているものよりも更に酷い内容でした。

 

 

 『アメリカは日本中を監視したいと申し出ましたが、「それは違法であるし、倫理的にもいかがなものか?」ということで、日本政府は拒否しました。

 


 しかし、アメリカは構わず監視をしました。

 


 それは政府機関の盗聴だけでなく、日本国民のメールやSNS、電話に至るまで傍受しています。

 


 さらにアメリカは日本が逆らえないように送電網やダム、病院などの社会インフラに不正プログラムを仕込みました。

 


 もし、日本が同盟国でなくなった途端に不正プログラムが起動し、日本は壊滅するように仕組まれています。』

 

 


 スノーデンの証言が真実ならば、インフラが止まることで電力を失い、福島でのように原発は制御不能になります。そしてメルトダウンが発生するという最悪のシナリオが描かれます。

 

 

 日本が、大パニックになるのは間違いないでしょう。

 


 そう、アメリカは日本に諜報活動だけでなくインフラ支配も行っていたのです!
 

 

 

〜どうして監視社会が厳しくなったのか?〜
 

 


 実は、『ある事件』が起こるまで、アメリカでは比較的緩やかな監視政策でした。

 

 

 ターゲットを特定して監視するという方法が用いられており、逆を言えばターゲット以外に関しては監視の対象ではなかったのです。

 

 

しかし、『ある事件』が起こります。

 


それが、2001年9月11日に起こった『アメリ同時多発テロ』です。

 

 

 これにより、ターゲットを特定しない監視へと切り替わります。

 

 

 要するにアメリカは、問題を起こした人間を逮捕することに変わって、テロ攻撃を防ぐためには大量監視が必要であると判断を下したのです。

 

 

 そして米国安全保障局(NSA)は国民にこう説明するのです。

 

 

「我々の目的は一般の方々を監視することでも、プライバシーと戦うことでもありません!私たちの目的はテロと戦い、安全な社会を維持することです!」

 

 

 このように『テロ』という不安を煽ることで、安全を求める人々を、監視社会に誘導したのです。それは見事に成功します。市民は目先の安心や安全を得たいが為に、国家に個人情報を曝け出してしまいました。結果として、我々発信する情報は国家のチェックが入るようになりました。

 


 つまり、

 


『政府や国家に都合の悪い情報は、テロの可能性があるという名目で抹殺出来る』

 


ということを表しています。

 

 

 これは何を意味するかと言いますと、我々が真実を知る権利を潰しているのです!情報が政府によってコントロールされ、真実をねじ曲げられてしまうのです。
 

 

〜日本政府の対応は?〜

 

 2013年に特定秘密保護法案が可決されました。

 

 

 これは、防衛省、外務省、警察等のそれぞれの組織のトップが「漏れると、国にとって一大事」という情報を「特定秘密」に指定し、その特定秘密を漏らした者は10年の懲役を課せられる法案です。それは、わざとであってもうっかりであっても10年の刑になります。

 

 

 特定機密の対象になる情報は、主に「防衛」「外交」「特定有害活動の防止」「テロリズムの防止」に関する情報です。

 


 これはとても範囲が広く、とてもあいまいで、どんな情報でもどれかに該当してしまうおそれがあります。要するに、どんな案件でも簡単に「特定秘密」になってしまうということは、決して大袈裟ではありません。

 


 つまり、国民に知られたくない情報を「特定秘密」に指定して、国民の目から隠してしまえるということです。

 

 

 これにより、新聞記者やジャーナリストが外交問題や、防衛費用といった内容を政府に質問しても「特定機密案件」で片付けられてしまいます。最悪の場合、真実を知ろうとして、民間で調査している人やマスコミ関係者が逮捕される可能性もあります。。。

 


 アメリカと方法こそ違えど、真実の情報は「特定秘密」として隠し、情報をコントロールしようとしている点では変わりません。まさに知る権利を妨害していると言っても過言ではありません。
 


〜我々はどうすべきか?〜

 

 私は、監視社会によって情報が統制されているという事実を知ることが大切であると思います。そうすることにより、TVやマスメディアの情報は怪しいという目で見ることが出来ます。

 

 問題なのは、TVやマスメディアの情報を鵜呑みにして、疑問を持たないということです!
 

 どうしてインフルエンザワクチンを打たないといけないんだろう?

 

 国の借金が1000兆円あるから、消費税を増税したけど本当なの?そもそも1000兆円ってどこからの借金?

 

 なんでホリエモンが失脚したの?

 

 マイナンバーカードってどうして作成しないといけないの?
等々。。。

 


 TVやマスコミは、「それ相当の理由」をつけて真実を隠そうとします。黒い思惑を美しく見せる為に。

 

 彼らに騙されない為にも、常に疑い、そして自分で調べるようにして下さい。
 

 

 そうすれば、あなたの人生は政府や国家に踊らされない自由な人生を歩むことができます!

 

【file7】何も変わらないと思っているあなたへ

 

私はここ最近、自分を取り巻く環境が大きく変わりました。


会社での人間関係がスムーズになり、相手の評価を気にしなくなりました。


また、私の嫌いだった上司に対して、今までは「恐怖」しかありませんでした。しかしここ最近は「なんだか可哀想な人だな」と哀れむ気持ちの方が強くなり、気にならなくなりました。

 


なぜだろう?と考えた時、私は無意識のうちに会社の人達と仲良くしようとしていました。
自分から飲みに誘ったり、雑談をしたり、挨拶を大きい声でしたりetc。。。

身近なところからコツコツ取り組むようにしました。

 

その積み重ねが少しずつではありますが、結果として人間関係に繁栄されているなと感じている今日この頃です。

 

 

さて、この身近な行動を推奨する言葉があります。

 

それが『隗(かい)より始めよ』です。

 

今回は隗(かい)より始めよの由来をご紹介します。


〜『隗(かい)より始めよ』の由来〜

今から2200年前、中国は7つの国に分裂していました。

①燕(えん)
②斉(せい)
③秦(しん)
④韓(かん)
⑤趙(ちょう)
⑥楚(そ)
⑦魏(ぎ)

 

これらの国々が自国の存立の為に、戦いに明け暮れていました。この時代を春秋戦国時代といいます。


今回は燕(えん)の国のお話です。


燕王である噲(かい)は、人の良いお坊ちゃま国王で「名君といわれる人物になりたい」という願望を持っていました。


その王を支えていたのが、宰相(さいしょう)の子之(しし)という人物でした。


宰相とは日本でいうところの内閣総理大臣のような立ち位置です。しかし王が権力を持っていたので、あくまで「王の意向を実現させる役職」という形になります。


この子之(しし)は権力を好み、自分の影響力を高めたいと思っていました。


名誉欲の強い王と、権力欲の強い宰相。。。


いつ崩壊してもおかしくない燕を、他国は見過ごしませんでした。

 

隣国の斉は使者を派遣して、燕を無茶苦茶にしようと画策します。

 


その手始めに斉の使者である蘇代(そだい)を派遣しました。そして噲(かい)に進言します。

 

 

蘇代(そだい)「私は燕が羨ましいです。我が国の王は、覇者の器ではありません。。。」

 


噲(かい)「なにっ!?私が羨ましいだと!?」

 


蘇代(そだい)「そうでございます。斉王は臣下を信用なさいません。それに比べて、陛下は宰相の子之(しし)様を全面的に信用なされております。」

 


噲(かい)「そうかそうか!そこまでの器ではないがな!」

 


蘇代(そだい)「いいえ、国王が臣下を信頼して初めて臣下は力を発揮出来るのです。それが出来るお方を『名君』といいます。陛下はまさに名君でございます!」

 


噲(かい)「名君!?そうかそうか!あっはっはっは!」

 


蘇代(そだい)はわざと噲(かい)が喜ぶような言葉を述べて、取り入りました。

 


続いて蘇代(そだい)は宰相の子之(しし)に謁見します。そして彼に提案することになります。

 


蘇代(そだい)「宰相様は国権は欲しくありませんか?」

 


子之(しし)「欲しいのは山々だが、実現するのは難しいだろう。」

 


蘇代(そだい)「名君になりたいと思う燕王ならばこそ、昔の賢人の真似をなさるかもしれませんな。。。」

 


子之(しし)「何か考えがあるみたいだな?」

 


蘇代(そだい)「あるのですが。。。ちょっと運動費がかかりますな」

 


子之(しし)「金に糸目はつけぬ!是非、我が手に国権を握れるようにしてくれ‼︎」

 

 

こうして蘇代(そだい)は目星をつけた人物を、金で買収していきました。そして、子之(しし)を支援したら出世させるという約束まで吹き込みました。

 


斉はいずれ滅ぼす気でいるのでどんな約束でも出来てしまったのです。

 

 

 

その効果はてきめんに現れます。

 

 


子之(しし)に買収された文官が噲(かい)に進言しました。

 


文官「陛下、私は陛下の名声が高まる方法をお伝えしたく思います。」

 


噲(かい)「ほう!是非聞かせてくれ!!」

 

 

文官「国権を宰相様に譲ることです。今、燕が安定しているのは宰相である子之(しし)様の尽力が大きいです。

もし陛下が子之(しし)様に委ねたのならば、世間は陛下を名君として褒め称えるでしょう!」

 


噲(かい)「。。。いまいちピンと来ないのだが、どういうことだ?」

 


文官「古代の皇帝であった堯(ぎょう)は、自分の親族ではなく、有能な部下であった許由(きょゆう)に天下を譲りました。

しかし許由(きょゆう)はこれを受けませんでした。

でも『堯(ぎょう)は許由(きょゆう)に天下を譲った』という名声は残りました。


今、陛下が子之(しし)様に国権を譲ると申しても、おそらく子之(しし)様は受け取らないでしょう。

 

これこそ堯(ぎょう)と同じ行いです!これを聞いた世間の人々は陛下を尊敬し、後世まで名君として名を残すでしょう!」

 


噲(かい)「なるほどなるほど!よし!国権を子之(しし)に譲ろう!」

 


こうして、燕の運命は子之(しし)に委ねられることになってしまいました。

 


ところが、これだけでは済みませんでした。。。さらに悲劇は続きます。。。

 


文官「陛下、古の王である禹(う)は、部下である益(えき)を高く評価していました。


その為、兎(う)は皇太子である啓(けい)の息のかかった家臣を、全て益(えき)に与えました。


それから兎(う)は年を取ると、皇太子である啓(けい)を廃嫡して、益(えき)に帝位を継がせました。


これに不服を感じた啓(けい)の家臣達は、益(えき)を殺し、啓(けい)が天下を取れるようにしました。


当時の人々は、兎(う)が益(えき)に天下を与えたのは名目上のことで、実質的には啓(けい)が天下を取れるように仕向けたと見ています。

 

今、陛下は子之(しし)様に国権を譲られたとはいえ、宮廷にいる家臣は、陛下の皇太子である平(へい)様の息のかかった者ばかりではありませんか。


まさに、兎(う)のやり方と同じで、世間は平(へい)様が国権を握っていると見られても仕方がありませんね。」

 


噲(かい)「。。。確かにその通りだ!それでは才能のある人間が力を発揮できないな!よし!
 

今より300石以上の家臣は全て解任する!


子之(しし)よ!そなたが政治をやりやすいよう人選したまえ!」

 


そう言うと、噲(かい)は政務から離れたばかりか、宮廷を引き払い、臣下の地位に甘んじたのでした。

 


これを会社でいうのならば、社長自ら主任クラスに降格し、課長以上は全員クビといったところです。こんな状態では、組織は破綻してしまいます。この時点で燕は詰んだと言っても過言ではありませんでした。

 

 

それから子之(しし)のやりたい放題になり、燕国内に怨嗟の声が広がりました。そして反乱が起き、多くの人間の血が流れました。

 

 

皇太子である平(へい)は、自ら挙兵し燕を立て直しを図りました。その援軍を引き受けたのが斉です。

 

 

ところが、斉の軍勢は燕に到着するやいなや、子之(しし)、そして噲(かい)を殺して燕を乗っ取ってしまいました。

 


斉はドサクサに紛れて、燕を支配下に置いたのです。


これにより燕は一時的に滅亡しました。

 


それから2年後、燕の皇太子である平(へい)は、やっと国君になることを許されました。

 


昭王(しょうおう)と名乗りましたが、斉への忠誠を誓っての即位でした。

 

 

彼は斉への恨みを忘れませんでした。

 

 

「いつか燕を独立させたい!そしていつか父上の仇を取りたい!でもどうして良いのか分からない。。。」

 

 

途方に暮れている昭王(しょうおう)にある男が提案します。

 


その男の名は郭隗(かくかい)と言いました。

 

 

郭隗(かくかい)「陛下、お困りのようですな。」

 

 

昭王(しょうおう)「郭隗(かくかい)先生、私は父上の仇を討ちたいのです。そして、この燕を斉の支配から解放したいのです。しかし、私には力がない。どうすれば良いのでしょうか?」

 


郭隗(かくかい)「ならば、中華全土にいる賢者達を燕に集めなされ。彼らは必ず燕の力になるでしょう。」

 

 

昭王(しょうおう)「なるほど。。。しかし、こんな弱小国の燕にどうしたら賢者達が来てくれるでしょうか?」

 

 

郭隗(かくかい)「ならば私、隗(かい)から始めてみてください!私の為に屋敷を建て、高待遇をしてください!」

 

 

昭王(しょうおう)「先生、どういうことですか?」

 

 

郭隗(かくかい)「昔の話ですが、ある古の王は1日に千里を走る馬を求めておりました。その為、家臣に500金を渡して馬を買ってくるよう命令しました。

 

ところが、家臣は500金で死んだ馬を買って来ました。


古の王は怒りました。 


『死んだ馬に500金を買うなんてバカか!』と。


しかし、家臣は答えます。


『確かに、死んだ馬に500金を払うのは一見おかしいことのように見えます。


しかし、死んだ馬にさえ500金を支払ったのなら、生きている馬はもっと高値で売れると商人たちは思うでしょう。


すると商人たちはこぞって王の下に現れ、こちらから千里を走る馬を求めなくても、相手から来てくれます。


そして、王が馬を選ぶ立場になりますので、500金よりも安い金額で千里を走る馬を手に入れられるでしょう。』

 

結果は、この家臣の言った通りになりました。

 

私のように間違いもありそこまで優れていない者を燕は重宝するという噂が流れますと、私以上の賢者は、『もっと良い待遇をしてもらえるかもしれない』と思うでしょう。結果としてこぞって燕に集まるようになります。


まさに私のような『死んだ馬』を高値で買えば、賢者という『名馬』を簡単に手に入れることができます!」
 


昭王(しょうおう)「なるほど!では早速、郭隗(かくかい)先生を高待遇いたします!」

 

 

それから郭隗(かくかい)を高待遇したという昭王(しょうおう)の噂が流れ、中華全土から有能な人材が燕に集まりました。

 


その中に楽毅(がくき)という人物が仕官に来ました。

 

この楽毅(がくき)は秀才で兵法にも通じていた為、各国が競って望んだ人物です。

 


この楽毅(がくき)を手に入れた燕は、戦で連戦連勝します。そして燕から斉を叩き出し、斉の首都、臨淄(りんし)まで陥落させるという大戦果を上げました。そして、父の仇であった斉王を結果的に殺すことが出来ました。

 


郭隗(かくかい)から始まり、楽毅(がくき)を得て、斉からの解放と仇打ちを実現させました。

 


現代でも「隗(かい)より始めよ」という言葉が使われますが

 


『大きい事を成し遂げるには、まず身近なところから取り組み始めよ』

 


という意味合いで使用されています。

 


〜そもそもあなたは郭隗(かくかい)か?〜
 

郭隗(かくかい)先生を重宝することをきっかけとして、燕は賢者を得ることが出来ました。

 


自分では間違いもあり、あまり賢くないと郭隗(かくかい)先生は謙遜していましたが、私は少なくとも郭隗(かくかい)先生が「一定の基準」を満たしていたからこそ、成り立った話だと思います。


私はその「一定の水準」とは「この人を紹介しても恥ずかしくない」と相手に思わせるレベルだと考えます。

 


もし郭隗(かくかい)先生が本当のバカだったり、周りから嫌われて悪評まみれならば、そんな人物を重宝する燕は、血迷った国として賢者達は近づこうともしないでしょう。

 

 

これは我々にも言える事なのではないでしょうか?

 


自分よりも凄い人に取り入ろうとしたり、気に入られようとしたとしても、相手の「一定の基準」に達しない限りは相手にしてもらえません。
そして、そういう人に限って身近な人間関係なり日常生活を疎かにしています。

 


あなたは、尊敬する人に認められたいあまり、会社での人間関係を疎かにしていませんか?

 


立派な事を宣言したり、頑張ります!とTwitterでつぶやく割に、ちゃんと早起きをしたり大きな声で挨拶は出来ていますか?

 


九九が出来ないのに、因数分解に取り組もうとしていませんか?

 


これは私が身をもって経験した事です。

 


私は、ついこの間まで凄い人に認められたいあまり、会社の人間関係はシャットアウトしていました。

 


「コイツらとは違う!オレは凄い人間になるから会社のレベルの低い人間と関わるだけ無駄!」と。

 

 

しかし、当たり前の話ですが会社での人間関係を上手くこなせない奴が、凄い人と関われる訳がないのです。 仮に関われたとしても、そういう方々は見抜いています。

 


もし、人間関係に困りたくないなら、自分の身近な人との関わりを深くするべきです。

 


女の子にモテたいなら、まず会社の女性に親切にする事です。

 


そうやって身近なことをこなしていくうちに、いつの間にか、ある一定水準に達するのだと思います。

 


あなたは、まだまだ郭隗(かくかい)先生のレベルまで達していません!もちろん私もそうです!

 


何も人生が変わらないと嘆くなら、まず郭隗(かくかい)先生を目指してみてください!

 


必ず変わります!

 


まさに「隗(かい)より始めよ」です!

【file6】『100点を取ろう』と頑張るあなたへ

 

もうすぐ12月になり、今年も終わりに近づいて来ました。例年の今頃は、忘年会の会場を押さえ、会費を設定し、案内文をつくり。。。と面倒な業務に追われるところです。


私は忘年会が嫌いでした。

 

選んだ店に文句をつけられ、「お前は仕事が出来ない」と延々と説教されたり、行きたくない二次会に付き合わされたり。。。年末に近づく度に憂鬱でした。

 


最近、思うのですが、学生時代は楽だったなと感じることがあります。 

 

『テストで100点を取れば褒めてもらえたから』です。

 


しかし、社会人になって上司や他の部署の方々の仕事を与えられて、「相手の求める100点」を目指して取り組むようになります。


ところが、依頼した人によって「求める正解」のさじ加減が分からず、30点しか取れないこともあるでしょう。

 

また仮に100点を取っても、上司から怖られて逆に冷遇されたり、パワハラまがいの嫌がらせを受けることもあるかもしれません。

 


「求める正解」が低すぎると怒られ、満点だと怖られる。。。

 


仕事は『人対人』で行われる為、どうしても切っても切り離せないのです。


では、どうしていけば良いのか? 

 

それは『70点を取り続けること』です。

 

〜100点を取り続けた男 楊修(ようしゅう)〜


今から1800年前、中国は三国志の時代を迎えていました。

 

魏(ぎ)の曹操(そうそう)
呉(ご)の孫権(そんけん)
蜀(しょく)の劉備(りゅうび)


彼ら3人がそれぞれの信念の元に国をつくり、凌ぎを削り合っていた時代です。

 

その魏の国に楊修(ようしゅう)という方がいました。

彼は名門出身で家柄も良く、激務な仕事をてきぱきこなす能力もあったため、曹操(そうそう)から気に入られていました。


ある日のこと、曹操は庭園を訪れます。
その庭園を見て、門に「活」という漢字を書いて帰ってしまいました。

 

これを見ていた周りの者達は、それがどういう意味なのか分かりませんでした。

 

そこで楊修に尋ねてみると、

 

『これは闊(ひろい)という意味だ。

「門」の中に「活」を入れると「闊(ひろい)」という漢字になるだろ?

だから庭園をもっと小さくすることを曹操様は望んでいる!』 

 

と語ります。


しばらくして再び庭園を訪れた曹操は、庭園が小さくなっており、自分の考えを読み解いてくれたのは誰かと尋ねると、周りの者達は

「これは楊修様に教えて頂きました」と答えます。


これを聞いた曹操は、表向き楊修を褒め称えるものの、心の中を見透かされたようで嫌な気持ちになったそうです。

 

 

 

 

またある時、曹操が後継者を決めようと考えていました。 

 

そして曹操直々に嫡男の曹丕(そうひ)と三男の曹植(そうしょく)を呼び出したのですが、門番には二人が尋ねてきても決して通さないように指示を出していました。


そうとは知らない曹丕が門番に拒まれると仕方なく帰っていきます。


ところが曹植は、拒んだ門番を容赦なく斬り捨てて曹操の元へ参上しました。

 

不思議に思った曹操が、「門番に断られなかったのか?」と尋ねます。


これに対して曹植は、

「門を通る事を拒否されたので斬り捨てました」と返します。


これを聞いて曹操はびっくりしますが、

 

「父上から参上の命令を受けたからには、何があっても参上しなければいけないと思ったからです」

と返した曹植に、曹操は褒め称えます。


しかしこれが曹植と仲が良かった楊修が吹き込んだものだと知ると、曹操はなんとも言えない感情に襲われたようです。


実は楊修は「答教」という一問一答集を曹植のために作っていました。


これには何が書かれていたかというと

曹操から問われそうなことに対する答え方が前もって記載されていた』のです。


そして曹丕はいつも曹操の問いに答えられない中、曹植曹操が気に入るような回答を即座にできていました。

 

さすがにこれには曹操も不信感を抱いて調べた結果、これも楊修の仕業という事が分かります。

 

後継者問題にまでズケズケと入ってくる楊修に対して曹操は『このままにしておいては、まずい!次に何かを起こしたら殺さないといけない‼︎』と判断したそうです。

 

この段階で楊修は気をつけるべきでした。

 

 

 


蜀の劉備が、魏の国内である『漢中(かんちゅう)』に侵攻してきました。


漢中は大穀倉地帯で、魏にとって奪われると、かなり痛手になる地域です。日本でいうなら北海道を奪われるくらいのレベルでしょうか。


ところが、魏は連戦連敗。策を施しても、
裏目裏目に出て全く成果が出ません。


ある夜、夕食で鶏肋(けいろく)のスープが出されました。鶏肋とは、「ニワトリのあばら」のことです。

 

くたびれていた曹操は、その鶏肋スープを見てつぶやいてしまいます。

 

『まさに今のオレの状況を表しているようだ。。。鶏肋はスープのだしとしてはいい味を出すから捨てるのは惜しい。でも食べようとしても肉がほとんどないから腹は満たされない。  

 

これと同じで、漢中から撤退するのは惜しい。かといって守り通そうとしても、成果が出ない。』 

 

そんな中、部下は今夜の合言葉を伺いに曹操の元を訪れます。


そして、曹操がつぶやいた「鶏肋」が合言葉となってしまいました。

 

楊修はこの合言葉を聞き、独断で撤退の準備を始めました。

 

不思議に思った周りの人達が尋ねると

 

鶏肋はだしなどを取れるので捨てるには惜しいのだが、食べても腹が満たされない。この鶏肋を漢中の地に例えたのだから、曹操様は退却を決意しているのだと私は察したのだ。」

 

と語ります。

 


そう、曹操の真意を見事見抜いたのです。
 

しかし、それが原因で、曹操の怒りを買ってその場で処刑されています。

 

理由は、『鶏肋の意味を勝手に解釈をして軍紀を乱したから』となっていますが、おそらくは自分の真意を見抜かれてその頭の良さを恐れたため、そして後継者問題に介入しすぎたためだと思われます。

  

100点を取り続けることが得意であった楊修は、100点を取り続けることによって殺されました。

 

人間には「怖れ」や「嫉妬」があるのです。


ちなみに、鶏肋は「捨てるには惜しいが大して役には立たないもの」という意味で現在でも使われます。

 

 

〜70点を取り続けた男  賈詡(かく)〜

三国志の時代に、魏に賈詡という方がいました。皮肉にも楊修と同じ時期に活躍しました。

 

彼はあえて70点を取り続け、曹操からも2代目皇帝の曹丕(そうひ)からも愛され、長寿を全うした人物です。

 

若い頃、彼は別の主君に仕えていました。
彼の仕事は参謀として主君を正しい方向へ導くことです。

そのため、何度も諫言しますが疎まれるようになり、尋常ならざる知謀を怖れられてしまいます。そこから賈詡は学びました。

 

『参謀として、その職を真面目に全うしようとすればするほど、主君から疎まれ、妬まれ、怖れられ、かえって自身の命を殆うくしてしまうのだ』


それから曹操の軍門に下ると、また参謀として迎え入れられます。

 

しかし、彼は曹操から質問されない限り答えませんし、答えるときも細心の注意を払って言葉を選びます。

 

多くの人は、ここでなんとか自分の地位を確立すべく、積極的に自分を売り込んで手柄を立てようと躍起になるものです。

 

ところがその気持ちを抑えて賈詡は常にひかえめに努めました。
 

それを表すエピソードがあります。 

 

曹操は後継者を迷っていました。


嫡男の曹丕(そうひ)か、はたまた三男の曹植(そうしょく)か。

 

曹操がいつまでも決めかねたため、家臣団もどちらかに分かれて分裂状態となりました。こうした中にあっても、賈詡はどちらに付くでもなく沈黙を守ります。

 

ついに考えあぐねた曹操賈詡に尋ねます。

 

曹丕にすべきか、曹植にすべきか。忌憚ない意見を聞きたい」

 

しかし、それでも賈詡は押し黙ったまま、答えようとしません。

 

重ねて問われた賈詡は、ついにその重い口を開きます。

 

 

賈詡「これは申し訳ございません。ちょっと考え事をしておりました。」

曹操「何を考えていたのだ?」

賈詡袁紹(えんしょう)と劉表(りゅうひょう)父子のことを考えておりました。」

 

この2人はどちらも嫡男を廃したことで国を亡ぼした者たちです。


尋ねられても直接答えることを避け、言葉を選んで答えたのでした。

 

曹操は吹っ切れたように大いに笑い、曹丕を後継者とすることを決意します。


曹丕はこれを聞いて大いに喜び、彼が即位するや、彼の功に報いてただちに賈詡を「太尉」としました。


太尉といえば、当時、位人臣を極めた最高位です。しかしそれでもなお、彼は謙虚さを失いませんでした。


求められたら的確に応えるという一見遠回りのようですが、曹操曹丕に怖れや嫉妬を抱かせず、信頼を獲得した賈詡の処世術は成功例だといえましょう。


〜70点を取り続けるためには?〜

賈詡は相手から求められたら応えるというスタイルに徹し、控えめでした。

 

これとは対照的に楊修は、相手の言動から読み取り積極的に売り込んでいきました。

 

どちらか生き残れるかは言うまでもありません。

 

つまり、70点を取るということは、『言われたことをそのまま受け取ってこなすこと』です。


そこに自分の考えはいりません。楊修のように、あれこれ先に考えて行動する必要は一切ありません。

 

『言われたらやる』『言われたことを言われたままにきちんとやる』

 

これだけで70点なんです。 

 

しかし悲しいかな、日本人の習性で相手の求めていること以上のことをしようとする方が多いです!

また、部下に教育出来ない無能な上司が「自分で考えろ!」などと怒るから、「自分の解釈が大事なんだ」と思い込まされて失敗するなんてこともよくあります!

 

私がそうでした。

 

そうならないためにも、言われたことだけを言われたまま、ちゃんとこなしてみて下さい!

 

それだけで心も軽くなりますし、あなたの会社生活が穏やかになります!